ごあいさつ
丹波柏原教会ホームページに、ようこそ!
このホームページをお開きくださったあなたに、心から「ありがとう」のことばを贈ります。
「人が生きる」というとき、大切なことのひとつは「私は必要とされている」と感じることだと言われます。「あなたなんか必要じゃない」と言われたら、勇気も希望もやる気も失せてしまいます。しかし、その反対に「あなたがいてくれてありがとう」と声をかけられたら、心のゆとりと笑顔を回復していくでしょう。
世界のベストセラーである「聖書」の中には、あなたを生かす真実のことばがあふれています。天地を創造された神さまが、『わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している』と語りかけてくださっているのですから。
このホームページを通して、すばらしい神さまであるイエス・キリスト、また聖書と教会をお知りいただけますことを願っています。あなたの上に、祝福がありますようお祈りいたします。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃
お知らせ
定期集会のご案内
気軽に礼拝におこしください
・日曜礼拝
毎週日曜日午前9時、10時 の2回
※ご都合のよい時間におこしください。
・子羊ワーシップ
毎週日曜日10時
※子どものための教会学校
・聖書研究祈祷会
毎週水曜日13時30分、20時
※2回
・早天祈祷会
毎週火曜~土曜 午前6時
2026年6月28日
恵みに満ちている方
『ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見 た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとま ことに満ちておられた。』 (聖書:ヨハネの福音書1章14節)
私たちが本当のイエス・キリストを知るためには、その生涯を記した聖書を開く必要があります。
聖書には、イエス・キリストは、「恵みとまことに満ちて」おられる方だと紹介されています。「恵み」。それは本来、受けるに値しない者に向けられる神さまの一方的な慈しみであり、愛です。「まこと」とは、真実そのものということです。
イエス・キリストの恵みは、自分を正しいと主張する人たちにではなく、自分では自分を救うことができない、罪深い弱い存在であることを認め、心から真実な神さまに助けを求める人にこそ、注がれていくのです。この恵みは、赦しの恵みであり、愛されていることを知ることのできる恵みなのです。
この恵みを受けるためには、ただひとつのことをすればよいのです。「イエスさま、私はあなたの助けが、救いが必要です。私の救い主として私の心にお入りください」と祈り迎えるだけなのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃
2026年6月21日
信じる者への約束
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』 (聖書:ヨハネの福音書3章16節)
聖書は、神さまから私たちへの約束の書です。四週にわたって紹介した冒頭の言葉にあるように、イエス・キリストを信じる者は、「永遠のいのち」を持つと約束されています。これは、単なる長生きではありません。聖書には、『永遠のいのちとは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです』(ヨハネの福音書17章3節)とあり、イエスさまとの出会いは、神さまとの出会いであり、それは永遠のいのちとの出会いである、ということです。
ですから、「永遠のいのち」を持つとは、人生の生きる意味や目的を見失ってしまう人生から、それらを見いだす人生の出発になっていきます。自分はどう生きていったらよいだろうかという迷いの人生から、人としての本来のあるべき人生へと導かれていくのです。
「生きる」ということは、イエス・キリストを知ること、それは人生の救い主として、イエスさまを受け入れ信頼することです。そこに、豊かな永遠のいのちが注がれると約束されているのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃
2026年6月14日
信じるとは生きること
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
(聖書:ヨハネの福音書3章16節)
こんなふうにおっしゃってくださる方があります。「川原﨑さんはいいですね。聖書を単純に信じられて。私はなかなか・・・。どうしたら信じられますか」と。信じるということを、ただ理性を殺して自分に思い込ませる、また一切の疑問を持たないということだと考えておられる方がおられるでしょうか。
でも、信じるということは、私たちの日常生活の基本にあることです。私たちの日々の生活は、信じ、信じたとおりに行動し、その結果を体験することの繰り返しをしています。信じるということは、特別なことではなく、私たちの生活の全領域に直結していることなのです。
聖書の約束を信じることも同じです。『御子(イエス・キリスト)を信じる者が・・・永遠のいのちを持つ』とあり、イエス・キリストを自分の救い主として受け入れ、この方によって、尽きることのないいのちが与えられるという約束に生きていくことです。聖書の約束を信じ生きるという人生は、思い込むことでもなく、理性を殺すことでもなく、その約束に乗り込むことなのです。
信じることは、信じたとおりに生きていくことなのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃
2026年6月7日
人の姿
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
(聖書:ヨハネの福音書3章16節)
「神さまはあなたを愛しています」。これが、聖書が伝えるあなたへのメッセージです。でも神さまに愛されている私たちの姿は、どういう状態にあるでしょう。
聖書は、私たち一人ひとりは「滅び」の状態にあると教えています。それは、人生の意味や目的を「失っている」ことです。自分がどこから来て、どこへ向かって行ったらいいのか分からないで「迷っている」ことです。時には、自分を傷つけ、さらに人を傷つけ「壊している」ことです。
しかし、あなたを愛される神さまは、あなたが「滅び」の状態であることを決して願っておられません。その状態から何とかして救うために、ご自分のひとり子イエス・キリストを遣わしてくださったのです。「御子(イエス)を信じる者が、一人として滅びることなく」とあるように、イエスは、失い、迷い、壊しているような人生から、私たちを新しいいのちへと導いてくださることを約束していらっしゃるのです。
神の愛は、滅びの状態から、いのちへと導く愛なのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃
2026年5月31日
愛されている
『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』
(聖書:ヨハネの福音書3章16節)
「神は世を愛された!」 これこそが、あなたに伝えたい最も大切な神さまからのメッセージです。ここでいう「世」とは、私たち一人ひとりのことです。ですから、「世」ということばを「あなたの名前」に置き換えることができるのです。
私たちは、神さまの愛ということばを聞くと、なんとなく漠然としたイメージを持ってしまうかもしれません。でも、聖書が示している神の愛の姿は、「ひとり子をお与えになるほどの愛」だというのです。これは、最も大切なものを私たち一人ひとりに差し出す愛、ということです。
神の愛は、私たちを救うために、ご自分のひとり子であるイエス・キリストをこの地上に送り、あなたのために、そのひとり子のいのちさえも惜しまずに、あなたや私の身代わりとして十字架で死なれました。
神さまの愛は変わることなく、あなたに注がれているのです。
丹波柏原教会 牧師 川原﨑晃
2026年6月7日
丹波聖会
「神さまからの恵みと特権、そして期待!」
2026年5月31日(日)
教会ふれあいまつり
礼拝後、5月31日(日)11時30分頃より開催します。フランクフルト、焼きそば、デザート、コーヒー、ジュースなどをご用意しています。
どなたでもお気軽にお立ち寄りください。教会への勧誘を行う場ではございませんので、いこいの場としてください。
※上記の画像はイメージです(部屋はもう少し狭いのです ^_^ ")
2026年4月29日(水)
大塚国際美術館日帰りバス旅行
大塚国際美術館は、世界の名画を原寸大で体感できる圧倒的なスケールに魅力がありました。
館内を巡るたびに、まるで海外の美術館を旅しているような感覚になりました。
特にシスティーナ礼拝堂の再現空間は、天井や壁一面の絵に囲まれ、息をのむほどの迫力でした。
その場に立つだけで、芸術の力と歴史の重みを深く感じることができました。
心から感動し、忘れられない一日となりました。